システムレベルにおける製品開発の実践ガイド
ISO 26262 Part 4は、自動車におけるシステムレベルの製品開発についての指針を提供しています。この規格に従うことで、システムが安全に動作することを確実にするプロセスを定義し、リスクを最小化することが可能です。この記事では、システムレベルでの安全性を考慮した製品開発について、サンプルコードを交えながらわかりやすく説明します。
システム要件の定義
システムレベルの製品開発の第一歩は、安全に関わるシステム要件の明確化です。ISO 26262では、各システムが機能安全目標に沿って設計されることを強く推奨しています。この段階で、システム全体の動作とリスクを定義し、それぞれの機能がどのように失敗する可能性があるかを評価します。
例えば、自動車の「車線維持支援システム(Lane Keeping Assist System, LKAS)」を設計する場合、このシステムが適切に動作しなければ車両が意図せず車線を逸脱する可能性があります。そのため、次のようなシステム要件が設定されます。
- 要件ID: SYS_REQ_LKAS_001 要件: 車線維持支援システムは車線を検知し、車両が車線内に留まるように操舵補助を行うこと。 ASILレベル: ASIL B 安全目標: 車線逸脱による衝突事故の防止
この要件に基づいて、車線を逸脱しないようにするためのシステム設計を進めます。ここで重要なのは、システムが適切に動作しない場合のリスクと、それを軽減するための安全メカニズムです。
サンプルコードによるシステムシミュレーション
ここでは、Pythonを用いて車線維持支援システムの簡単なシミュレーションを行います。システムは、車両の位置情報を監視し、車線を逸脱しそうな場合には操舵補助を行います。
class LaneKeepingAssistSystem: def __init__(self, lane_width): self.lane_width = lane_width # 車線幅(単位:メートル) self.position = 0 # 車両の初期位置(車線の中央) def update_position(self, offset): self.position += offset return self.check_lane_position() def check_lane_position(self): if abs(self.position) > self.lane_width / 2: return self.activate_steering_assist() else: return "車線内を維持中" def activate_steering_assist(self): if self.position > 0: correction = -1 # 左方向に補正 else: correction = 1 # 右方向に補正 self.position += correction return f"操舵補助中: 新しい位置 {self.position} m" # インスタンス化 lkas_system = LaneKeepingAssistSystem(lane_width=3.5) # 車両の位置変化(単位:メートル) test_offsets = [0.5, 1.0, -2.0, 2.5, -3.0] # サンプルコードの実行結果 for offset in test_offsets: result = lkas_system.update_position(offset) print(f"位置オフセット: {offset}m -> {result}")
このコードでは、LaneKeepingAssistSystem
クラスを用いて、車線維持支援システムの基本的な動作をシミュレートしています。車両の位置が車線幅を逸脱しそうになると、操舵補助が自動的に作動するようになっています。
実行結果の解説
サンプルコードを実行すると、次のような結果が得られます。
位置オフセット: 0.5m -> 車線内を維持中 位置オフセット: 1.0m -> 車線内を維持中 位置オフセット: -2.0m -> 車線内を維持中 位置オフセット: 2.5m -> 操舵補助中: 新しい位置 1.5 m 位置オフセット: -3.0m -> 操舵補助中: 新しい位置 -2.0 m
この結果から、車両が車線幅を逸脱しそうな場合に、システムが自動的に操舵補助を行い、車両を車線内に戻そうとしていることがわかります。例えば、位置が2.5m
または-3.0m
になると操舵補助が作動し、新しい位置が修正されています。
システムの安全分析とリスク軽減策
ISO 26262では、システムレベルでの安全性を確保するために、各機能がどのように失敗する可能性があるかの分析が重要とされています。この分析の一つの手法としてFMEA(Failure Mode and Effects Analysis)があります。FMEAでは、システムの各コンポーネントがどのような失敗を起こし、それがシステム全体に与える影響を評価し、それに対するリスク軽減策を考えます。
車線維持支援システムの場合、以下のような失敗モードとリスク軽減策が考えられます。
センサーの誤検知
センサーが車線を誤って検知することで、車両が適切な位置を維持できない可能性があります。このリスクを軽減するためには、センサーの冗長化や信号のフィルタリングによる精度向上が有効です。操舵制御の故障
操舵制御が正常に動作しない場合、車両が意図せず車線を逸脱する可能性があります。この場合、バックアップの制御系を用意し、制御が失敗した場合にも最低限の操舵機能を確保することが必要です。
要件トレーサビリティの重要性
ISO 26262では、要件トレーサビリティを維持することが求められています。これにより、システム全体の設計から実装、テストまでの間で安全性が確保されていることを確認することができます。例えば、前述のSYS_REQ_LKAS_001
に基づいて、以下のように要件をトレーサビリティを持たせて実装していきます。
- システム要件(SYS_REQ_LKAS_001)
車線維持支援システムは車線を検知し、車両が車線内に留まるように操舵補助を行うこと。- ソフトウェア要件(SW_REQ_LKAS_001)
センサーから車両の位置情報を取得し、位置が車線幅の範囲内であることを監視すること。 - ハードウェア要件(HW_REQ_LKAS_001)
車両の前方と後方に配置されたセンサーが正確に車線を検知し、そのデータを制御システムに送信すること。
- ソフトウェア要件(SW_REQ_LKAS_001)
これらのトレーサビリティにより、システムが期待される安全要件を満たすように設計されていることが確認されます。
テストと検証の重要性
ISO 26262 Part 4のもう一つの重要な要素はテストと検証です。システムレベルでの機能安全性を確保するためには、設計したシステムが正しく動作することを確認するためのテストが不可欠です。
シミュレーションテストに加えて、実車テストやハードウェアインザループ(HIL)テストを行い、システムが実際の運転環境で適切に動作することを検証します。例えば、車線維持支援システムが正常に動作するかどうかをテストするために、以下のようなテストケースが考えられます。
- 正常動作テスト
車両が中央を走行している状態
で、システムが適切に車線を維持することを確認する。
- 異常動作テスト
センサーに誤検出が発生した場合や、操舵制御に故障が発生した場合にシステムがどのように対応するかを確認する。
安全ケースの作成
ISO 26262に基づく開発の最終段階として、安全ケースを作成することが求められます。安全ケースとは、システムが設定された安全目標を達成するために必要な全ての証拠をまとめた文書です。これには、要件定義から設計、実装、テスト結果、リスク分析結果まで、全てが含まれます。
例えば、車線維持支援システムの安全ケースには、システムがどのようにして車線を維持するか、リスクがどのように軽減されているか、そしてそれがテストによってどのように確認されたかが詳細に記述されます。
まとめ
ISO 26262 Part 4におけるシステムレベルの製品開発は、安全な自動車システムを構築するために欠かせないプロセスです。この記事では、車線維持支援システムを例に挙げて、システム要件の定義からリスク分析、トレーサビリティ、テストまでの一連の流れを解説しました。
サンプルコードで示した通り、システムが安全に動作するためには、各要件をしっかりと設計し、実装し、そしてテストによってその機能を確認することが重要です。また、トレーサビリティと安全ケースを作成することで、開発プロセス全体が安全性を中心に進められていることを証明することができます。
ISO 26262に基づくシステム開発は複雑で多くのリソースを必要としますが、これにより安全で信頼性の高い製品を市場に提供することが可能となります。